厳密には義母ではない。
他人だ。
私にとって義母のような存在。
パートナーの母親。
長く連れ添っていても籍は入れていないので、戸籍上は他人。
他人以上、親子未満
世間の“嫁姑問題”が気になる年頃になってきた。
ところが身近なところでリアルな話題が入ってこない。
私自身は独身で、必然的に親しい友人も独身ばかり。
主婦とは時間も話題も合わないので、いつの間にか皆、段々と疎遠になった。
結婚もせず、子供も作らず、若い頃の延長で気軽に生きているつもりでも、
最近は日常の何気ない折に加齢を感じる。
祖父母が亡くなったり、両親が不調を訴えたり、
私自身の身体だって、若い頃と同じようにはいかない。
ライフスタイルは昔と同じでも、取り巻く環境は確実に変化している。
義母との出会い
彼の母とも、気づけば長い付き合いになっている。
初対面のときは、まさかこんなに長い付き合いになるとは思っていなかった。
彼女は「彼氏のお母さん」であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。
典型的な「田舎のお母さん」という感じで、都会で生まれ育った私には最初から新鮮な存在であったのは間違いない。
明るく屈託なく笑い、世話焼きで面倒見が良い。
今思えば、彼女にとっても「息子の彼女」である私は新鮮な存在だったのだろうと思う。
私の彼は、両親との関係が壊滅的に悪い。
彼は両親を嫌っているし、軽蔑しているし、恨んでいるし、ついでにそのことを隠す気は微塵もない。
そんな関係性の中で息子に引き合わされた息子の恋人は、とても貴重な存在だったに違いない。
今ならわかる。
そんな息子の恋人に、彼女が「大きな期待」をしたであろうことが。
ところが当時の私は20代前半の小娘であったので、そんな期待を露ほども汲み取らず、気軽に彼のご両親と対面してしまった。
田舎から届く荷物に添えられた手紙
私は彼と籍を入れていないし、一緒に住んでもいない。
それでも義母は、こまめに田舎から私に荷物を送ってくれる。
息子に送っても受け取ってもらえないからだ。
定期的にお米を送ってくれるし、季節ごとに立派な果物も送ってくれる。
息子にできないことを私に。
罪滅ぼしの意味もあるだろうし、罪悪感を少しでも消したいのもあるだろう。
そしてあわよくば、「母からの差し入れ」が息子の口に入ることも期待しているに違いない。
色んな意味の込められた荷物を受け取り続けて、いつの間にか10年以上が経過している。
差し入れの数だけ見れば、実母よりも義母からの方が圧倒的に多い。
そして今回受け取った荷物の箱を開けると、一番上に手紙が添えられていた。
普段のメッセージはLINEでやり取りしているため、荷物に手紙は入っていない。
手紙は、初めて彼女からの荷物を受け取った時以来だ。
厚みから考えても、挨拶の手紙ではないだろう。
内容は、大体察しが付いた。
義母の体調不良について、数週間前に彼から聞いていた。手術をするのだと。
その話を聞いた時、少し迷った。
こちらから連絡するべきかどうか。
迷った挙げ句に、私は連絡しなかった。
私が本当の嫁であれば、間違いなく連絡したのだけど。
そうであって欲しいと彼女が期待し続けているのがわかるから、期待させるのが申し訳なくてやめておいた。
今のところ、私と彼は結婚する予定がない。
もしかすると10年後も一緒にいるかも知れない反面、来月には別れているかも知れない。
4人の両親たちが結婚を強く期待しているのは知っている。
けれど私も彼もそれを望んではいないし、家庭というものに失望している。
義母からの手紙には、自身が診断された疾患と、手術が無事終了した旨が記されていた。
そして、自身の万が一を考え、様々なことが心配になった、と。
義母は死を身近に感じ、とてもセンチメンタルになっていた。
関係を修復できない息子のことが気がかりで仕方がないのだろう。
私にも負担をかけているのでは?と心配してくれている。
私と彼のことを気にかけ、幸せを願ってくれている。
手紙には、感謝の言葉がたくさん綴られていた。
読んでいると、なんだか私までセンチメンタルになってしまう。
だけど現実は、少女漫画のようにお気楽じゃない。
親子の確執は、
実は勘違いからのすれ違いで、
些細なきっかけで誤解が解けて、
無事に円満解決。
そんな脳天気な展開には、絶対ならない。
幼少期の家庭環境は人格形成に影響を及ぼす。
それはもう、どうやっても取り返しがつかない。
彼は両親を恨みながらも、どこか期待している。
だから縁を切ってはいないし、時には感情的にもなる。
両親に私を紹介したのも、きっとそのせいだ。
10年以上も前のことだし、今より期待も大きかったに違いない。
けれど解決しなかったし、多分これから先も不可能だろう。
逆に私はというと、両親に対しては既に諦めている。
何も期待していないし、だから感情的になることもない。
両親に彼を紹介したこともない。
10年連れ添おうと、20年連れ添おうと、
私の彼と、私の両親は無関係だと思っているから。
この先も、私の意思で紹介することはない。
私が義母の手紙を読んで感傷的になれるのは、義母が他人だからだ。
他人だから許せる。
他人だから、優しい母だと思える。
“この手紙は処分してください”と、最後に書き添えられていた。
悲しいことに、息子に見られてはいけない自覚はあるようだ。
私は性格が悪いので、ゲスな勘ぐりは加速する。
義母はきっと、私からの返事の手紙を期待している。
10年前、初めての荷物に添えられていた手紙に返信したように。
けれどやめておく。
私はやはり嫁ではないし、架け橋にもなれない。
10年前みたいに無鉄砲な小娘でもないので、変に期待させるようなこともできない。
手紙の返事として、いつもより長いLINEを送った。
いつもより丁寧な挨拶と、お見舞いの言葉と、息子の近況。
これが、今私が義母にできることの全てだ。
ほんの少し申し訳ない気持ちを隠しながら、
白黒ハッキリつけることなく、これからもグレーな関係を続けていく。