なんか凄いものを読んだ。
久しぶりに精読っぽいものをしたような気がする。
著者・真山仁さんの熱意におされて、私も書く。
情報量が多すぎてちょっと引く
発売当初から気になっていた『ロッキード』、実際読むまでにこんなに時間がかかってしまったのは、本の分厚さに及び腰になっていたから。
これが小説なら問題ない。
どんなに分厚くても、面白そうなら手を出せる。
だけどノンフィクション。政治・脱税・汚職の話。
難しくて私には読めないのでは……と、ずっと思っていた。
真山仁さんの小説を読んだことがないのも懸念点の一つで、
「難しいうえに文章が合わなかったらどうしよう!?挫折確定!?」
とか心配していた。
やっとの思いで踏み切って、手に取ってみれば真山さんの文章はとても読みやすい。
「さすが小説家が書いたノンフィクション、読みやすい」
などと勝手に安堵した。
そして全部読み終わってみて思うのは、
「この一冊を書き上げた真山さんの熱量が凄い……!!」
既に関係者の大半が亡くなっていて有耶無耶になりそうなのに、こんなに細かく取材して参考文献読み漁って詳細をまとめるなんて、相当大変な作業だったろうなと思う。
せっかくなので私自身も、この一冊から得たものを少しだけ書き残したい。
1.ロッキード事件の詳細について
まずは肝心要のロッキード事件そのもののお話。
私は「ロッキード事件」について勘違いをしていた
教科書に載るよりは最近で、だけど自分が生まれるよりは前のこと。
知るためには、自ら興味を示すしかない。
「ロッキード事件」について、知らないからこそ本書を読みたかったわけだけど、
読んでみて思うのは、私はあまりにも知らなさすぎたということ。
挙げ句の果てに勘違いもしていた。
私は田中角栄氏がロッキード事件で逮捕されたから総理を降りたんだと思っていた。
え、違うじゃんw
逮捕された時には既に総理を降りていた。
汚職で逮捕された総理だと思っていたけれど、汚職で逮捕された元総理だったw
まさかの割と基本的なところから間違っていた。
ちなみに本書で一番のパワーワード(私的に)は、
「5億円は端金(はしたがね)」
です。
一生忘れねぇぞ……
現金という不確実
この本を読んで、現金の不確実さに驚いた。
あまりにも不確実すぎる。
5億円もの大金。
受け取ったことも、受け取っていないことも、どうやったって証明できない。
悪魔の証明すぎる。
目の前に現物があって、最も確実そうに見える現金。
いや、やり取りする当人たちにとっては一番確実なんだろうけど。
第三者に対しては何も証明できない。
驚くほど証拠がない。
不正をする人間にとっても、
誰かに不正の濡れ衣を着せたい人間にとっても、
こんなに都合のいいものはない。
キャッシュレスって素晴らしい発明なんだと改めて思うなどした。
公人の方は特に、キャッシュレスに統一した方がいい。濡れ衣を着せられないためにも。
現金なんて胡散臭すぎる。
ロッキード社の飛行機は民間機より戦闘機の方が金額がデカい
「ロッキード事件」と聞いて田中角栄氏と共に思い浮かぶのが全日空だ。
彼がロッキード社の機体を全日空に斡旋し、そのマージンをとった事件。
私の中ではザックリとそういう認識だった。
ところが本当は、この時ロッキード社が日本に売り込んだのは民間機だけではなかった。
政府が採用した戦闘機が本命疑惑。
なんと言っても売上の桁が違う。
それなのに、戦闘機の方の問題は不問。
児玉ルートの21億円、まさかの不問!!(2回目)
丸紅ルート(5億円)の4倍超えなのに!
5億円は端金なのに……!!!(21億円なら流石に大金やろ!)
世論も、メディアも、検察も、裁判所も、不自然なくらいだれもその件に触れないのが不気味すぎる。
せめて世論が騒げよと思うけど、端金の方に気を取られていたから仕方がないね……(絶望)
我々一般人にとっては、その端金だって大金なのだよ……
そして現代も、アメリカ政府・アメリカ企業・日本政府の間で戦闘機に関する取引は続いている。
特にトランプ大統領は、「アメリカ・ファースト」を公言して憚らない。
こなに堂々と公言しているのに現代でもやはり騒がれていないのは、時代と共に価値観が変容したから……も、あるとは思うけど。
本当のところ、民意は意外と賢くないのだと思う。
わかりやすいものには勢いよく反応するけれど、難しい問題に直面すると静かになりやすい。残念ながら。
非常に残念。
(私も難しいことはよくわからない)
判決に疑義の残る裁判
法治国家の有罪判決って、こんな雑に決まってしまうものなの?と、正直心配になる。
自白を強要して有罪。
検面調書は騙し討ちでサインさせ、肝心の現金受け渡し行程は矛盾だらけ。
他にも細かい矛盾を掘り下げたらキリがない。
これら全てに裁判所が目を瞑っているのが恐ろしい。
検察が捕まえたい人間を強制的に有罪にできるなら、裁判なんてやる意味あるのかなと思うよね。
関係者が不自然に亡くなってしまったり、そうでなくとも長引いて病死してしまったり、結局のところ詳細は有耶無耶のまま、有罪判決だけが確定されているように見えてしまう。
本書の参考文献一覧を観て、ロッキード事件に関する書籍がこんなにも多くあることを初めて知った。
真相がハッキリしないからこそ、多くの人たちがこの問題に惹かれ、様々な検証をし続けている。
あと、検察官てなぜかフィクションでは正義の味方っぽく描かれがちだけど、実際は結構黒いよね。
真っ黒(偏見)。
2.『ロッキード』という本のノイズについて
三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』を読んで以来、「本のノイズ」について時折考えるようになった。
そして本書『ロッキード』は、まさにノイズ満載の一冊と言える。
厚みが凄い(物理)。
ネットでロッキード事件について調べたとしても、この情報には辿り着けまい。
私もこうしてネットの片隅に文章を書いているので感じるけれど、この内容をネットで書いてもおそらく全部読まれない。
離脱率がめちゃくちゃ高くなるはず。
だからそもそもネットには書かれない。
そういう情報の集め方をしている。
政治家の人生を掘り下げたり、日米関係の複雑な事情に踏み込んだり、昭和の空気感を表現したり、著者の考察が書かれていたりする。
事件からおよそ50年。
そもそも存命している関係者が少ないことから、わずかな情報を求めて関係者の関係者にまで取材の域を広げてもいる。
『ロッキード』は真山さんの熱意が生み出した一冊であり、それを読む私たち読者も「さぁ、読むぞ」と熱意と気合を入れねば読みきれないのではと感じた。
時代が変われば価値観も変わるが過渡期が辛い
「暗黙の了解」という言葉がある。
人々の価値観や理倫理観は時代と共に変化していく。
昭和が終わり、平成も終わり、令和が始まって8年も経っている。
人々の価値観は変わっていくし、その速度は増しているように思う。
そんな中で歪みが生じるのはやはり過渡期なのだろう。
知らないうちに世間から取り残されていた、なんてことも珍しくない。
政治家が賄賂を受け取ることも、暗黙の了解とされていた時代が確かにあった。
しかし社会の価値観は絶えず変化している。
賄賂もいつの間にか暗黙の了解として見過ごされなくなっており、事態の片鱗を見た世論は沸騰する。
「なんだか同じような構図を最近も見たな」と思う。
芸能界関係者のセクハラ・パワハラ問題である。
古い価値観を引きずっていると、いつか世論に潰される。
集団心理。同調圧力。
民衆は勢いを増し、誰にも止めることはできない。
人間社会はこうして移ろっていくのかも。
言葉を覚える
私よりも先に『ロッキード』を読んでいた知人から、「人名がたくさん出てきて途中で混乱した」という感想を聞いていた。
なので少し警戒して読み始めたのだけど、私は普段から登場人物が多くて難解な小説とかも読んでいるので特に気にならなかった。
だがしかし。
私には戦闘機の名前がサッパリ覚えられなかった。
「えぇ〜と、この機体は何だっけ??」と戻りながら読んでいたからその周辺は時間がかかったし、正直眠くもなった。
得意不得意のジャンルは人によって違うのである。
あとは真山仁さんの文章が初めてなのと、昭和の政治に馴染みがないので知らぬ言葉がちらほら出てきた。
こんなに真面目に言葉を調べながら読書するのは久しぶりな気がする。
とてもいい読書体験ができました。
真山仁さん小説家なのに、初読み作品がノンフィクションでちょっとうける。
しかしまぁこれもご縁ということで。
そんな感じで、本日ワタクシからは以上でございます。
お疲れ様でした!