Daydream

全ては泡沫のごとく、ただ溶けて消えていくだけ。。。

寺地はるなさんの『川のほとり立つ者は』を読んで(面白かった)モヤったことをメモる


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“川のほとりに立つ者は

水底に沈む石の数を知り得ない”

『夜の底の川』より

『川のほとり立つ者は』を読んで思うこと

寺地はるなさんの『川のほとり立つ者は』を読みました。

不思議な作品でした。

総評は「面白い」んだけど、色々なことにモヤモヤする。

気になることが多々ある。

けれどこれらの「引っかかり」が、「面白い」に繋がっている。

私が思ったことをメモしておきます。

ネタバレに繋がる部分もあるので、未読の方は先に小説をお読みください。

『川のほとり立つ者は』の魅力

まず、装丁が美しいです。

とても好みのタイプで、ひと目見たら忘れられない。

寺地はるなさんの小説は初めて読んだのですが、文章も美しい。

外も中も美しい本なんて最高だと思うのです。

そしてどこか暗い。

この暗い雰囲気は賛否分かれるかもしれませんが、私は賛の方へ一票投じます。

登場人物は全員モヤる

凄い。

凄すぎる。

主要な登場人物全員になんだかモヤる。

全員にそれぞれ良いところがあって、

それと同時に微妙なところがある。

ある意味で非常にリアル。

 

主人公である原田清瀬

29才、雇われのカフェ店長。

清瀬との関係を宙ぶらりんにしたまま意識不明になってしまった、

多分清瀬の彼氏である松木圭太。

松木圭太と一緒に意識不明になってしまった松木の親友の岩井樹。

岩井樹の恋人らしい「まお」と名乗る女性。

メインたったのこれだけなのに、見事に翻弄されます。

そして男性陣は基本的に意識不明。

「障害」という言葉はインパクトがあるけれど…

主人公・清瀬の(多分)彼氏の親友である岩井樹は、ディスレクシアという識字障害を抱えている。

また、清瀬が店長を務めるカフェのバイトである品川さんはADHDのトラブルメーカーだ。

 

こういう周囲からは一見わかりにくい障害を抱える人の生きづらさとか、

そういう可能性がある人にどういう態度(対処)をとるかとか、

 

そんな耳障りのいい、

ある意味「最近の流行り」とも言えるような議題はどうでもよくてだね。

 

本作で起こる問題は、正直「障害」はあまり関係がないように思えたのです。

コミュニケーションの重要性

“あなたは私のことを

どれだけ知っている?”

『夜の底の川』より

 

清瀬の友人である篠ちゃんが言っていたこと。

 

清瀬には、松木が今までとってきた行動でしか松木を判断できへんていうことやん。疑わしい行動をしたから、松木清瀬に疑われた。それだけのことちゃうの?」

 

本作の登場人物の中で、私が1番好きなのは確実に篠ちゃんです。

篠ちゃんの発言に対して、清瀬は次のように考えます。

 

「行動がその人を形作るという側面は確かにあるし、それができる篠ちゃんは凄いとも思う。けれどもひたすら他人の行動の表面的な部分だけ見て判断していると、いつか大切なことを見誤る時もあるのではないか」

 

そうなんだけどそうじゃないんだ、清瀬よ。

 

などと心の中でツッコミを入れてしまった。

 

篠ちゃんの言うことは正しい。

清瀬の言うことも正しい。

私もそう思うけれど、清瀬の考えはどこかズレていると思う。

いや、使い道がズレていると言うべきか…

清瀬の言うように、行動という側面だけで相手を判断するのはよろしくない。

けれど出会う人全ての内面を掘り下げるなんてどう考えても不可能で。

ここで問題なのは、「清瀬が自分のパートナーである松木を行動という側面でしか判断できなかったこと」だと思うんだ。

通りすがりの人ではなく、

職場の人でもなく、

親でもなく、

自分で選んだ恋人であるはずの松木が相手だから問題なんだと思うんだ。

もちろんこれは清瀬だけの問題ではなく、

松木にも大いに問題があって。

 

いっちゃんのこと庇いすぎだから!!

 

いや、わかるけど…

過去のあれやこれやがあるから仕方ないんだろうけど。

いっちゃんのこと大好きなのはわかるんだけど。

だからって清瀬のこと蔑ろにしていいわけじゃないじゃん…

清瀬には関係ない」とか言っちゃダメじゃん…

なんだか切なくなる会話が多かったな。

噛み合ってないと言うか、

取り繕ってるだけと言うか。

こういうの、現実にもよくあるよね。

小説と違って、現実は取り返しのつかないことになってしまうんだ。

そういうのたくさん見てきた(遠い目)。

 

相手と向き合って、きちんとコミュニケーションをとること。

これってすごく面倒で、労力が必要で、すごく疲れるし、嫌な気持ちになったり、恥を晒すことになったりもするんだけど、

大切な人を行動という側面以外で判断できるようになるために、

必要なことなんだと改めて思うのでした。

誰かを理解するのって簡単じゃないし、喜びだけじゃない。

だからこそ、自分の大切な人にはそれをする。

理解できなくても、理解するための努力をする。

 

放っておいてほしい時もありますけどねw

ちょうどいい加減を探すのも、コミュニケーションだと思うのです。

 

“明日がよい日でありますように”

『夜の底の川』を読んでみたい。

 

そんな感じで、本日ワタクシからは以上でございます。

お疲れ様でした!

 

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