昨日の夕方、あまりにもショックすぎるニュースが飛び込んできた。
何がショックなのかといえば、自殺した芦原妃名子さんは私が学生時代から大好きな漫画家さんなのだ。
実家の私の部屋の本棚には、芦原妃名子さんの古い漫画本がずらりと並んでいる。
学生時代にお小遣いでコツコツ買い集めたものだ。
そして実家に帰省すると、今でもその漫画たちを読み返している。
その芦原妃名子さんが……自殺……しかも作品を巡るトラブルで……
芦原妃名子さんが描く漫画について
今回の事件はショックだし、悲しいし、やるせない。
私の中で、Linkin Parkのチェスター・ベニントンが自殺したときと同じくらいの衝撃だった。
だから今日は、芦原妃名子さんの漫画の魅力について語ろうと思う。
それ以外にどうすればいいのかわからない。
芦原妃名子さん漫画の魅力は、登場人物のキャラクター性にあると思う。
登場人物、めちゃくちゃ繊細なんだ。
繊細なキャラクターたちが、絶妙なバランスで、美しい物語を紡いでいる。
現実に潰されそうになりながら、それでももがいて、必死で、強くあろうとする姿が描かれている。
その姿を見るたびに、私は学生の頃から変わらず、凝りもせずに毎回泣いてしまうんだ。
芦原妃名子さんの漫画面白いからみんな読んでほしい
芦原妃名子さんといえば代表作は『砂時計』だ。
この作品で一躍有名になったし、ご存じの方も多いはず。
私も『砂時計』めちゃくちゃ好きだし、どれくらい好きかといえば実家にコミックあるのにスマホに電子書籍入れてるくらいに好きなんだ。
読むたびに泣ける。号泣する。
それ以降に描かれた漫画ももちろん面白くて、私は『Piece』と『Bread & Butter』なども結構好き。
でもね、私は『砂時計』よりも前から芦原妃名子さんの漫画が大好きだったんだ。
私の中で『砂時計』以降は後半で、それより前が前半(これは私の超個人的な感覚に基づく線引きなので意味がわからない人はスルーしてほしい)。
今日は(私の中で芦原妃名子さんの前半部分にあたる)『砂時計』より前の過去作品について語りたい。
バレエ漫画『天使のキス』
バレエ少女だった私が初めて読んだ芦原妃名子作品。全4巻なので気軽に読んでほしい。
主人公は藤井彩というバレエを習う女の子。
コンクールで優勝候補となるくらいには才能があったのに、肝心のコンクールで転んで舞台から落ちてしまう(コンクールでの演目はジゼルのVa)。
怪我で1ヶ月療養し、その後バレエスクールに復帰。
彩がレッスンを休んでいる間、バレエスクールの発表会の主役は別の子に変えられていた(演目は眠り)。
彩自身は「オーロラやりたかったけど仕方ないね」と友人にこぼす程度でアッサリしたものだったけれど、そんな簡単に物事は片付かない。
先生は彩がレッスンに復帰すると、主役を彩に戻すという。
代役に決まっていた吉野さん大発狂。
彩が転んだコンクールで優勝した吉野。
「1ヶ月も休んだ人より私の方が上手く踊れる!」と先生に猛抗議。
しかし先生の意志は変わらず、吉野の主張は突っぱねられてしまう。
「文句があるなら今以上に練習しなさい」
それが先生の答えでした。
彩の才能と実力に対する期待と信頼が感じられる対応です。
しかし期待というものは、時と場合によって毒にも薬にもなる。
そんな危ういものを、本当は他者に対して容易くぶつけてはいけないのです。
波乱に満ちた状況で発表会を迎えるも、主役の彩にはトラウマがある。
コンクールの舞台で転んだ上に、舞台から転落する恐怖。
トウシューズを履いたことがことがない人にはわかりにくいかもしれないけれど、このトラウマは闇が深い。
あの小さい面積のつま先に自分の全てを乗せてパフォーマンスするのは非常に難しい技なのだ。
綱渡りで落ちた人間に、もう一度綱渡りをさせるようなものである。
吉野に呪いの言葉を吐かれ追い詰められた彩は、発表会の舞台で再び転んでしまう。
そしてそのまま立ち上がれなくなり、発表会が台無しになってしまった。
主役が踊らなければ、物語は進行しない。
発表会は沢山の人が関わるし、そこに向けて全員が必死に練習を積み重ねるし、お金も莫大に動く。
その全てをぶち壊してしまった彩は、責任を感じてバレエスクールを辞めてしまう。
これが『天使のキス』の冒頭部分。
物語はここから始まる。
バレエを辞めてしまった彩が、再びバレエと向き合う物語。
バレエの美しさも、繊細さも、踊る楽しさも、舞台に立ち続ける辛さも、全部が詰まっている。
3巻に、私がめちゃくちゃ好きなシーンがある。
20年以上経っても忘れられない彩のセリフ。
「たとえ元通りに踊れなくても
あたしはあんたの指先ひとつで感動するわよ?」
初めて読んだとき、バレエの凄いところはこれだと思った。
美しいダンサーは、指先だけで見る者を感動させられる。
「あたしはあんたやアキラみたく天才じゃないからさ
踊って踊って、踊るしかないの」
「……舞台に立てなくても?」
「そーよ。バレエが好きだからね。
挫折の経験なんて人それぞれで大も小もあるけれど、それでも絶望から立ち上がった人間が再び信念を持つのは並大抵の意志じゃ足りないわけで。
これは漫画でフィクションだけど、実際に世界で活躍するバレエダンサーたちのドキュメンタリーを見れば現実離れもしていないことがわかる。
そんなわけで、『天使のキス』は私の人生のバイブルのひとつなのです。
繰り返しになりますが全4巻なので気軽に読んでほしい。
芦原妃名子さんは他にも良作揃い
もう一作めちゃくちゃ好きな漫画があって、それが『Derby Queen』です。
これも読むたびに泣く。
ジョッキーだった父をレース中の落馬事故で亡くした緋芽が、自分もジョッキーを目指す物語。
女の子が騎手を目指すという少し変わったテーマだけれど、こちらもバレエに劣らず過酷な道をたどる。
ジョッキーも体重や身長などの身体的制限があって、これは努力ではどうにもならない面がある。
特に成長期の男の子たちにはとても過酷。
こちらも全3巻と手の出しやすい感じになっているのでぜひ読んでいただきたい。
それから代表作はやはり『砂時計』ですね。
こちらは全10巻と芦原妃名子さんにしては長め。
長い。読んでる体感としては物凄く長いです。
何しろ杏ちゃんの人生が詰まっているので。
私は芦原妃名子さん訃報のニュースを見たとき、真っ先に思い浮かんだのが杏の母・美和子でした。
ふらっといなくなり、そのまま……って。
好きな漫画家さんが亡くなってこんなにショックなのに、娘という杏の立場を考えたら想像を絶するものがある。
『砂時計』は、しばらく読めないかも知れない…
作品と作者は別物なのか
ネット上でも時々議論になっているのを見かけるけれど、私自身はぼんやりと「別物なのだろうな」と思いながら過ごしてきた。
「自分の経験したことや自分を投影したものしか描けないのであればそれはプロの作家とはいえないのでは」という意見を見かけたこともあるし、それに対して私は「それは確かにそうなんだろうな」と納得していた。
しかし今回の件で、私はよくわからなくなってしまった。
(いや、究極的に「人による」が答えなのはよくわかっているけれど)
芦原妃名子さんが生前に経緯を綴った文章も読んだ。
彼女が自分の作品をとても大切にしていることが伝わってきた。
そして、登場人物たちの繊細さは、彼女自身の繊細さなんだと思った。
何より真っ先に、私は芦原妃名子さんと美和子を重ねてしまった。
今までも彼女の作品を読みながら泣いてきたけど、
今後は今まで以上に読みながら泣くんだと思った。
いや、読まなくても思い出すだけで泣けてくる。
もう新しい作品が生まれることはない。
今ある作品を、何度も何度も読み返す。
芦原妃名子ファンの私にできることは、それだけになってしまった。