ギリギリの時間に会場の扉をくぐると、
当たり前のようにみんなが着席している。
お行儀のよく揃ったその背中たちは、
95%以上が真っ黒だった。
(葬式かよ…)
あまりにも予想通りすぎたその光景にうんざりして、
心の中で悪態をついた。
学生時代にお勉強を頑張って、真面目に生きてきた人たち。
社会に出て何年経っても、平気でリクルートスーツを着続けられる人たち。
真面目だけが取り柄で、与えられたものをただ受け取るだけ。
私はこの人たちが嫌いだし、馴染むこともできない。
会社のイベントは基本不参加だけど、
やむを得ず参加するときには決めていることがある。
「スーツだけは絶対に着ない」
クロークに預けたコートは真っ白で、
コートの下にも白のニットを着用していった。
奇抜でもなんでもない。
街中を歩いているとごく普通の格好なのに、
この会場ではとても目立つ。
揃って黒のスーツを着用し、
揃って椅子に座る後姿。
その光景は、
私が大嫌いだった学生時代を思い起こさせる。
そんな大嫌いな集団に混ざって、
弊社に勤め続けて10年になろうとしている。
不思議だ。
嫌いなのに、好きだから。
数年ぶりに参加してみて気づいたけれど、
嫌いなのに昔ほど苦痛じゃない。
全く社交的ではない私でも、
これだけ1箇所に居続ければ嫌でも知り合いが増えていく。
普段は会えない人たちともコミュニケーションがとれる、貴重な機会。
真面目が取り柄の、優しい人たち。
「古株になるとはこういうことか」と、初めて実感する。
目的を達成すれば最後まで付き合う義理はないので、
食事とデザートを楽しんで、しれっと退席する。
そんな私の隣には、一緒に途中退席してくれる仲のいい先輩がいる。
きっと外交的な人たちは、
自然と他人を個人として認識できるのだろうと思う。
人が苦手で、人が嫌いな私には、
それがすこく難しい。
うっかり気を抜くと、
他人は他人でしかなく、その他大勢の集団にしか見えなくなる。
それは苦手で、嫌いなものだ。
帰り道は足が痛くて、ものすごく苦痛だった。
久しぶりのハイヒール。
久しぶりに履きたくなって、少し後悔した。
20代の頃とは違う。
あんなに拘って毎日履いていたハイヒールを、
ほぼ全部捨てた。
初めてスニーカーで過ごす日々が、どれほど快適だったか。
もう、ヒールを履く生活には戻れない。戻りたくない。
美しいだけのこの靴は、街を楽しく歩けない。
老舗の高級ホテルも、ミッドタウンのイルミネーションも、
足の痛みには敵わない。
このハイヒールも捨ててしまおう。
ビル風に煽られながら決意する。
成長か、老化か、ただの変化か。
正直よくわからないけど、人は変わる。
服も、靴も、バッグも。
あんなに買い集めていたのが嘘のように、
最近では捨てるほうが圧倒的に多い。
荷物を減らし、身軽になって、
なんだかとてもスッキリする。
変化のない日々を過ごしているようで、
振り返るとぜんぜん違う場所に立っている。
今のところ、嫌な気持ちはしていない。