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全ては泡沫のごとく、ただ溶けて消えていくだけ。。。

三十路女は本当に分が悪いのか??【三十路女は分が悪い】壇蜜


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本書を読んで、頭を鈍器で殴られたような衝撃を受けました。

 

 

え?こんなことまで他人に相談するの…??

 

 

何かに悩んだとき、誰かに相談するというのは選択肢の一つであると理解はできます。

ただ、私自身はあまり人に相談しない……と言うか、あまり悩むことのないタイプの人間なので、相談内容を読むたびに彼女たちの人生が心配になってしまいました。余計なお世話でしょうが。

相談者は主に30代の女性たちです。

自分の人生に対して主体性のない方が多いのだなぁ…という印象が強かったです。

悩む=思考停止 の状態です。

まずはその止まった思考を動かすことから始めなければいけません。

三十路女は本当に分が悪いのか???

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本書は2017年4月から壇蜜さんが登板しているサイト「OTEKOMACHI(大手小町)」に寄せられたお悩み相談がまとめられています。

相談者は主に30代の女性たちで、相談内容によって、恋愛・結婚・仕事・将来の4つにジャンル分けされています。

相談内容

以下は目次からの一部抜粋です。

恋愛相談

  • 彼に「もうトキメキがない」と言われました
  • 5年付き合っている彼のことが、好きかわからない
  • 人を好きになったことがありません。これから友人や恋人を作れますか?

結婚相談

  • SNSリア充アピールの夫にいらいらしてしまいます
  • 母親になれないなら、せめて女性として生きていきたい
  • せっかく結婚までこぎ着けたのに新居でもめてます
  • セックスレスの夫と一緒にいる意味がわかりません

仕事相談

  • 昇進の野望、持たない私はダメですか?
  • 年上と年下から仕事を押し付けられます

※上記は一部なので、本書にはもっと数多くの相談内容が掲載されています

なんとなく、目次を見ただけでも相談内容が予測できるかと思います。

相談者に対する疑問

読みながら、私の中で疑問が次々に浮かんできます。

彼女たちは、いったいなぜこれを人に相談しようと思ったのでしょう?

他者から『正解』を与えてもらえると思ったのでしょうか?

答えは自分で出す、または決めるしかない。そんな問題ばかりが目に付きました。

読む側にとってはあまりメリットがない相談ばかりで、読めば読むほどモヤモヤが募ったのですが、

その反面、読みながら私の脳は様々なことを考え始め、ある意味では感動した(心を動かされた)本と言えます。

どんな時に相談する(他者の意見を聞く)のか

私が思い浮かんだ状況は2つです。

 

まず1つめは、正解が2つ並んでいる時に決を採るために意見を求める、です。

例えば友人との食事の席で、食後のデザートを選ぶとします。

数あるメニューの中から、チーズケーキとアップルパイの2択まで絞ることができました。

しかしどっちも好きすぎて、一方に決めることができません。

そんな時、眼の前にいる友人に意見を求める場合があります。

この選択肢には失敗がありません。

まず私は、『デザートを食べる』ということを決めています。

次に、『食べたいものを2つ』決めています。

そして前提として、『食べるデザートは1つ』ということも決めています。

そうやって1つ1つを自分で決めていくことで、自分が進むルートは絞られていきます。

人生はこの繰り返し、つまりこれが人生の選択の過程だと思うのです。

今回私が友人に相談した2択は、その2択に辿り着くまでに私自身が選択を繰り返しています。

これ以上優劣をつけられない所まで来たので相談しました。

では、なぜ優劣がつかないのでしょうか。

この2択は、どちらを選んでも同じ結果に帰結するのです。

私が先に決めた、『デザートを1つ食べる』という結果です。

友人は「その2択なら私はチーズケーキの方が好きだな」と自分の意見を言うかもしれません。

あるいは「折角だから出会う機会の少ないアップルパイにしたら?」と言うかも。

「今日はカロリー摂りすぎてるし、カロリー低い方にしたら?」と言うかもしれません。

正直理由はなんでもいいのですが、自分で優劣のつけられない選択に、僅かな差異が生まれます。

それを判断基準に加えるのが目的です。

 

もう1つのパターンは、自分の選択や判断基準が間違っていないか、判断材料に漏れがないかを確認する時に他者の意見を求めます。

例えば転職活動中に、2つの企業から内定を頂いたとします。

給与形態、通勤経路、休暇数、労働時間などを基準に、自分の理想に合う企業を選択します。

そのうえで、その企業が所属する業界の情報や、その企業の内情に知見のありそうな信頼できる人が思い当たる場合、意見を求めます。

これは自分で調べただけでは得られない、希少な情報が入手できる(可能性がある)からです。

この相談は、場合によっては自分の判断が覆る可能性があります。

結果を左右する(かも知れない)重要な相談なので、相談相手は自分の責任において慎重に選択しなければなりません。

自分の中に明確な基準があれば、悩むことはほとんど無くなる

自分がやりたいことは何か、やりたくないことは何か。

自分は何が好きなのか、何が嫌いなのか。

自分が楽しいのはどんな時か、退屈を感じるのはどんな時か。

自分が優先したいものは何か、さほどこだわらないことは何か。

挙げればキリがないですが、日頃から自身と向き合い、基準が明確なら悩むことってあまりないのでは?と私は思います。

そしてその基準は、長く生きて思考の時間が増えればより明確になっていくはずなのです。

時には変化もするでしょうが、新しい基準(世界)が視えるならそれはむしろ良いことだと思います。

そして、『相手』もあっての悩みの場合、絶対的に不可欠なものがもう一つあります。

それは『コミュニケーションを重ねること』です。

言わなくてもわかってほしい(察してほしい)とか、自分の意見だけを通したいは叶いません。

自分の基準をきちんと伝えること、相手の基準を知ること。

これが価値観のすり合わせというもので、一朝一夕でできることではありません。

尊重すべきところは尊重する、妥協できることは妥協する、互いに絶対譲れない部分がぶつかってしまった場合は、関係を別つしかありません。

 

私の30代は、そんな風に過ごしています。

 

まさかこんなことを言語化する日がくるとは思わなかった…。

恐ろしき読書体験。

そんな感じで、本日ワタクシからは以上でございます。

お疲れ様でした!